【デラックスじゃない】死にゆくマツコを看取る覚悟で読んだ重くて軽い一冊


デラックスじゃない

最近エッセイにハマってます。エッセイストといえば、マツコ・デラックスかなーと思い、手にとってみた「デラックスじゃない」は、マツコがマツコたる所以がシュっとまとまっていて興味深い一冊でした。

心は男だけど、男が好きなので性同一性障害とは違うとか。ゲイ雑誌の編集者をしていたのがきっかけで中村うさぎさんに物書きとして見出されたとか。モラリストである自分を自覚しながらテレビの犬を演じているとか。 

なぜ、どうやって、誰が”今のマツコ”を形成したのか、そんな誰しもが興味を持っている部分がマツコ節で書かれてるんだってば。ウソじゃないわ。

デラックスじゃない (双葉文庫)
マツコ・デラックス
双葉社
2016-10-14


 


なんの楽しみもない、流れに身を投じたマツコの人生

エッセイの前半はマツコが半生を語るパートになっています。
流れに身を任せ、流れ着いた先で本気を出せればいい。これがアタシの信条。流れ着いた場所が居心地が悪かったとしても、そこでできる限りのことをしていれば、いい風が吹いて、誰かが別の場所に引っ張ってくれる───。こういうことよ。
このエッセイの根幹の部分はこのフレーズに集約されています。世間のイメージでは自分の意思が強そうなマツコですけど、誰かに自分の能力を求められると、それに応えようと努力するんですって。

期待に応えるのが仕事の信条ならば、プライベートはどうなのかというと、これは悲惨の一言に尽きます。
男もいないし、お酒もやらない。付き合いで少し飲むだけ。ホントに恥ずかしい話なんだけど、楽しいこと、何もないの。ここ数年、「ああ生きていてよかった」とか「楽しいな」なんて思うこと、何にもないのよ。
なんか、読んでいて悲しくなります。マツコは「メディアが求めたマツコの姿」を演じていて、当の本人は幸せを感じられていない。しかも数年も。マツコはそんな虚無の世界とテレビの世界とを毎日往復しているんです。エッセイの前半から僕はちょっと涙ぐんでしまいました。

「SNSは怖いからやらない」前時代的な人間として没落する覚悟のマツコ 

ちょっと本気でSNSに接しようかと思っているの。ある人から「ツイッターとかフェイスブックに真実なんてない。でも、それはやったからこそ、分かるんだよ」と言われたの。その時、アタシ、やっぱり現実から逃げているんだなと思ったの。

(中略)
ただ、そうは思いつつも、アタシみたいな人間が生きていく世界ではなくなってしまったという思いもあるの。SNSにのめり込んだらどうなるのか、恐怖心もあるんだよね。
だから、のめり込むかどうか、まだ迷っているわ。人生、ずっとさ迷いっ放し。でも、いいのよ。
身のまわりにもいますよね、「怖い」という理由でSNSをやらない人。僕なんてSNSに接する時間が日常の多くを占めているし、千人単位の人々とSNS上で人々とつながっているので、SNSがなくなるってのはちょっと想像しにくいです。

マツコは本書でも何度かSNSに触れていますが、やはり怖いという理由だけで手をつけていません。今後テクノロジーが爆発的に進歩していく上で、怖いから新しいものに手をつけないってのは、かなり大きな決断になりかねません。文明を持たない部族レベルに取り残される可能性がある。

その危うさをマツコ自身も理解しているようです。
きっと時代の波に乗っている人からすれば、前時代的発想の愚かなオカマだと思っているかもしれないね。結局、アタシは出版とかテレビみたいな旧時代のメディアと一緒に没落していくのね。最後に泥船に乗るのね。人生、これもアリかな。
マツコは前時代のオカマとしてメディアと心中する覚悟のようです。そんな覚悟を持った人にどんな顔で「シンギュラリティというのがあってですね…」なんて話ができるだろうか、いやできまい。こういう人生の選択をする人にテクノロジーはどうやって対峙していくべきなんだろうなあ。

遺言に聞こえる真骨頂の毒舌

エッセイの後半は、マツコの真骨頂である毒舌が炸裂しまくります。

ただ、前半部分でマツコの抱える虚しさがたっぷり描写されているので、後半部分は読み方によっては毒舌はまるで遺言のように感じられます。

モー娘。には熱量を感じるけど、AKBには熱量を感じない。といった話が結構長めに語られるんですが、僕にはそれが死にゆくジイさんのぼやきに見えて悲しい気持ちでいっぱいになりました。

大好きだった僕のジイさんが晩年、テレビで野球中継を見ながら、ワンバウンドのフォークボールに空振りする選手に対して「下手くそだなあ…」と言っていたあの感じ。マツコの毒舌からはそれと同じ匂いがしました。泥船に乗り、沈みゆくマツコの遺言です。

真面目なエッセイからは、しっかりとした生活臭がするんですね。ますますマツコが好きになる一冊でした。

デラックスじゃない (双葉文庫)
マツコ・デラックス
双葉社
2016-10-14


 

池の上のバーで俺のちんこ舐めさせてくれって言ってたゲイのオッサン元気かなあ(雑なオチ