青春時代に戻れたら
映画化もしている「リライフ」のフルカラー漫画をNHN comicoさんから献本をいただきました。食べるサラダも献本がいただけるような媒体に成長したのです(遠い目
物語の設定は「無職のアラサー男子が高校生活をやり直す」という、ベタな学園モノです。
実は僕、リライフがcomicoのアプリで連載スタートした時から途中までは読んでいました。アプリで読んだ時はスマホで読みやすいように縦スクロールに最適化されていたんですが、フルカラー漫画版はちゃんとコマ割りとかが漫画らしく再編集されています。
リライフを読むとやっぱりこう考えます。
自分が高校生活に戻れたらなにをしようか?
誰もが妄想した経験のあるトピックですよね。
部活撤廃、教養大事、JKも大事
個人的には、ドライな言い方になるけど部活動はムダが多すぎました。学校の部活動は人間の感性を視野狭窄にさせてしまうデメリットがあります。同世代で寄ってたかって、年功序列とか連帯責任のルールに縛られるのはゴメンです。
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高校生活やり直すなら、お金をためてMacBook買ってプログラミングを学びたいですね。稼げるウェブサイト作りとか、使えるチャットボット作りに熱中する青春…素晴らしいじゃないですか。
そしてスポーツはやっぱりボルダリングです。クライマーは上下関係を気にしない気質の人が多いし、自分のペースでのめり込めます。野球とかサッカーみたいにコストが高くなりすぎないのも利点。
日本の教育は「主要5科目」にきっぱりタテ割りされていて、それぞれの教科を横断して学ぶことはありません。哲学とかテクノロジーについて学ぶ機会も欲しかった。
高校時代の僕は「卒業できる最低限の成績をとる。あとは遊ぶ。」という低レベルなモットーで生きていたので、ちゃんと教養の基礎を身につけたかった。
いま実感として、考え事をする時に何かと基礎的な教養知識を要求されることがあります。
例えば、高度経済成長期と今とは状況が違うぞ!みたいに、歴史的な背景も経済的な基礎知識も複合的に知っておかないと、考え事は正しい方向に進められないじゃないですか。
小見出しにするほどのことじゃありませんでした。忘れてください
いつから「好きな人いる?」って言わなくなったのか
話をリライフに戻します。
冒頭にも書いたようにリライフはアラサー男子の海崎君が主人公です。なのでアラサー視点で高校生活にツッコミを入れていくのですが、この設定が結構グサっときます。
なぜかと言うと、アラサー視点で見た高校生たちの悩みって本当にくだらなくて、簡単に解決できるモノばかりなんです。
人間関係が下手だと思い込む、成績が伸びず悩む、片思いが進展しない…などなど、ありきたりな学園生活に「アラサー目線」のスパイスを加えることで、そもそも、高校生活ってなんなんだ?と言う壮大な問題提起を読者に投げかけます。
ちょっと話変わって、僕が20代半ばの頃に友人とこんな話をしたのを思い出しました。
「“好きな人”とか“コクる”とかの概念を忘れたのっていつからだ?」
「大人になると一か八かの運任せで告白したり絶対しないよな」
「経験を積んで、人間関係を運任せにしなくてよくなったんだ」
そう、高校生はとにかく経験が乏しい。だから些細な人間関係で不安にもなるし、運任せで愛の告白とかをしちゃってたんですね。
さらにちょっと経験を積んで大学生になると、運任せからは卒業して「二人で飲みに行ったら十中八九イケる」的な、ゴミみたいな経験則をモトにした打算が生まれるんでしょうねw
今が最高だし明日はもっと最高だよ
要するに、「高校生活が良かった」と言われがちなのって、無知・無経験ゆえに、なんでもかんでも刺激的に見えていただけだからじゃないんでしょうか。僕がもし高校生活に戻れたとして、プログラミングの勉強やボルダリングの上達に時間を当てたいと思ってしまうのって、結局「今の自分をより良くしたい」って気持ちの現れです。
断言します。高校生活をリライフできても、知識と経験があるあなたは甘酸っぱい気持ちになんてなれませんw
てなわけで「高校生活に戻りたい」とか言っても一円の特にもならないです。そのかわり「高校生活とはなんだったんだ」と振り返ってみた方がよっぽど有意義かと。
僕は一度も過去に戻りたいと思ったことはありません。考えてもムダだし。
常に今が一番最高だと思うようにしています。じゃないと損だし。
いくら思いを馳せてもJKとは絶対付き合えないんですよ。絶対(雑なオチ